明星大学心理学年報 第30号

明星大学心理学年報 第30号 page 27/58

電子ブックを開く

このページは 明星大学心理学年報 第30号 の電子ブックに掲載されている27ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「電子ブックを開く」をクリックすると今すぐ対象ページへ移動します。

概要:
明星大学心理学年報2012,No.30,23―40展望前頭葉機能障害の認知リハビリテーション?柴崎光世?脳血管障害や外傷などを原因として脳の前頭前野を損傷されると,運動機能や標準的な知能検査で測定される認知機能が保た....

明星大学心理学年報2012,No.30,23―40展望前頭葉機能障害の認知リハビリテーション?柴崎光世?脳血管障害や外傷などを原因として脳の前頭前野を損傷されると,運動機能や標準的な知能検査で測定される認知機能が保たれる一方で,柔軟性が極端に欠如した思考様式や衝動的行動,ののしりや暴力的行為,あるいは動機づけの低下といった,個人の適応的な社会活動を阻害する一連の認知・行動障害が出現することがある。近年の認知リハビリテーション(cognitiverehabilitation,以下認知リハ)に対する関心の高まりとともに,従来から訓練対象とされてきた言語障害や記憶障害だけでなく,検査場面ではなかなか捉えにくい前頭葉機能障害についても,その改善をねらいとした認知リハ的な介入が徐々に試みられるようになった。本論文は,Stuss(2007,2009)の前頭前野機能に関する領域特異的アプローチの枠組みに従いながら,これまで実施された前頭葉機能障害の認知リハを整理及び概観し,当該領域の今後の研究課題について指摘した。キーワード:脳損傷,前頭前野,認知リハビリテーション,領域特異的アプローチ1.前頭葉機能障害脳血管障害や外傷などに起因して脳が損傷されると,手足の運動障害や感覚障害といった比?的低次の脳機能障害から,言語障害や記憶障害などの高次脳機能障害まで,損傷された脳部位によって多様な脳機能障害が出現することが知られている。一方,脳の前頭前野に損傷を受けると,運動障害や感覚・知覚障害は認められず,言語や長期記憶も基本的に保たれ,標準化された知能検査の結果にも影響があらわれにくい(D’Esposito & Gazzaley,2005,Fuster,1997福居監訳2006)。そのため,一見すると,患者は病前と何ら変わりがないように見えるが,鉄道工事中の事故により前頭前野に損傷を負ったフィネアス・ゲージの例(Damasio,1994田中訳2010)に明らかなように,柔軟性が極端に欠如した思考様式や衝動的行動,ののしりや暴力的行為,または動機づけの低下といった,個人の適応的な社会活動を阻害する一連の認知・行動障害が出現することがある。こうした症状を示す患者は,日常生活で遭遇する問題解決場面や対人場面で頻繁にトラブルを引き起こし,結果として,学業復帰や職場復帰など患者の円Correspondence concerning this article should be sent to :Mitsuyo Shibasaki, Department of Psychology, Meisei University,Hodokubo, Hino, Tokyo 191-8506, Japan (e-mail:mitsuyo@psy.meisei-u.ac.jp)?明星大学人文学部?本研究は科学研究費補助金(若手研究B,課題番号:21730566)による助成を受けた。滑な社会復帰が妨げられることも少なくない。たとえば,先のゲージの症例では,事故から2ヶ月足らずで,彼は前頭部の傷の治癒を主治医から宣言されたものの,前頭葉損傷の後遺症として生じたパーソナリティ障害や問題行動が原因で鉄道会社から解雇されることとなる。その後,ゲージは養馬場での仕事や馬車の御者などさまざまな職に就くが,彼自身の気まぐれで職を辞めたり,あるいは,素行の悪さで解雇されたりを繰り返し,38歳で死亡するまで二度と定職に就くことはなかった。1-1.遂行機能前頭葉損傷者の社会復帰を難しくする前述の神経心理学的症状は,どのような認知障害を基盤として生じているのだろうか。前頭葉と関係する高次脳機能障害としてもっともよく知られているのが遂行機能障害(executivedysfunction)である。遂行機能(executivefunction)とは,個人が目標達成に向けて目的指向的に行動するために必要な認知機能群を総称する用語で,私たちのもつ「もっとも高次の認知技能」(D’Esposito& Gazzaley,2005)として位置づけられる。遂行機能を初めて詳細に記述したLezak(1982)によれば,遂行機能は,1)目標の設定,2)プランニング,3)目的に向けての計画の実行,4)効果的な遂行,の4つのコンポーネントによって構成されており,これらのすべてが,私たちが適応的で,社会的に責任のある,自己奉仕的(self-serving)な成熟した個人としてのふるまいをなすうえで不可欠となる。また,遂行機能の各コンポーネントは,1)については,行動の開始や自己に対する