明星大学心理学年報 第30号

明星大学心理学年報 第30号 page 28/58

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24明星大学心理学年報2012年第30号心理学的,身体的,社会的気づき,2)については,将来に生じる変化の概念化,環境と自己との関係や環境自体の客観視,計画の選択,系統立てた思考,3)については,一連の複雑な....

24明星大学心理学年報2012年第30号心理学的,身体的,社会的気づき,2)については,将来に生じる変化の概念化,環境と自己との関係や環境自体の客観視,計画の選択,系統立てた思考,3)については,一連の複雑な行動の開始と持続及び中止,認知的構えの転換,4)については,モニタリング,自己修正,行動のテンポや強度の調節,といった個々の認知機能とそれぞれ関連していると想定されている(Lezak,Howieson,& Loring,2004)。Lezak(1982)から30年が経った現在では,遂行機能は言語や記憶,対象認知などと並ぶ代表的な高次脳機能の1つとしてすっかり定着した概念となっており,遂行機能という用語を表題に含む論文や書籍の数も多い。さらに,遂行機能障害が患者の予後に大きく影響することから,高次脳機能障害の臨床現場では,ウィスコンシンカード分類テスト(WCST)やトレイル・メイキング・テスト(TMT)といった従来から用いられている神経心理学的検査や,BADS(Wilson,Alderman,Burgess,Emslie, & Evans, 1996)のような遂行機能障害を測定するために新たに開発された検査バッテリーを利用しながら,患者が残存する遂行機能の積極的な評価が試みられるようになっている。ただ,複数の研究者が指摘するように,遂行機能は複雑な概念であり,その適用に研究者間での一貫性があまり認められない。たとえば,Lezak(1982)のように,目的指向的な行為の実現を重視した遂行機能の定義もあれば,自己意識や自己モニタリングといったメタ認知的機能を遂行機能の中核機能として捉える見方もある(Kennedy,et al.2008を参照のこと)。また,Norman& Shallice(1986)の監督的注意システム(Supervisoryattentionsystem)を,遂行機能を理解するための鍵概念とする考え方や(Miotto,Evans,de Lucia,& Scaff,2009),臨床データとの関連性を意識した遂行機能のモデル化をおこなったMateer(1999)など,一口に遂行機能といってもそれが意味するところは研究者間で微妙に異なっている。これに加え,研究者によっては,ワーキングメモリや展望的記憶といった高次脳機能も含めて遂行機能について議論することがあり,用語の適用範囲が場合によって極めて広くなってしまうことも,その概念をわかりづらくしている一因と考えられる。遂行機能障害は,前頭葉の局在性損傷の場合にもっとも顕著にあらわれることから,遂行機能と前頭葉とのかかわりを指摘する文献は多く(D’Esposito & Gazzaley,2005,Evans,2009,Fuster,1997福居監訳2006,鹿島・加藤・本田,1999,Mateer,1999,Solberg & Matter,2001など),遂行機能は,前頭葉機能と同義の用語としてしばしば用いられる。しかし,遂行機能障害は,中毒性・代謝性脳症やアルツハイマー病,多発性硬化症といった神経内科疾患や,統合失調症や双極性障害などの精神疾患においても,前頭葉損傷のときと同様に観察される(Stuss,2009)。遂行機能は,そもそもは心理学の領域において提唱され,発展してきた概念で,本来的には,必ずしも解剖学的部位との関連性を考慮した用語ではないことに留意する必要がある(Stuss,2007)。1-2.領域特異的アプローチStuss(2007, 2009)は,前頭葉損傷に伴って生じる複雑な神経心理学的症状を理解するためには,その第一歩として,前頭前野の解剖学的な部位との関連で個々の認知機能を記述する必要があると考えた。そして,前頭前野を,背外側前頭前野,腹内側前頭前野,上内側前頭前野,前頭極の4つの領域に分割し,それぞれの領域と関連する領域特異的な次の4つの認知機能を提唱した(Figure 1)。1)遂行的認知機能(executive cognitive functions):低次の,より自動的な認知機能の制御と方向づけを担う(具体的には,プランニング,認知的構えの転換,抑制など)。「遂行機能」の一般的な意味合いにもっとも近いと思われる概念で,この機能の障害はWCSTやTMT,流暢性検査などのいわゆる遂行機能検査において認知成績の低下を引き起こす。遂行的認知機能は,前頭前野のうち,背外側前頭前野と関係すると想定されるが,背外側前頭前野の左右で,さらに機能が細分化される可能性がある(Stuss,2009)。2)行動的―情動的自己調整機能(behavioralemotionalself-regulatory functions):情動処理や報酬処理とかかわる認知機能で,個人の行動に対する情動的な結果の理解や行動の自己制御を担う。この機能に障害をもつ患者は,社会的に配慮の欠けた言動や攻撃行動などの問題行動を発現しやすく,また,より実験的な場面では,刺激とそれに対する情動的報酬の連合・逆転学習や(Rolls,2000),ギャンブリング課題の遂行に障害を示す。腹内側前頭前野と関与すると考えられている。3)活性化調整機能(energization regulating functions):目的指向的行動の達成に向けて,あるいは,特定の状況内において行動を適切なレベルに活性化させる機能を担う。活性化調整機能は,個人が有するあらゆる認知機能を適切に働かせるために不可欠な機能と考えられ,これが障害されると,行動や心的過程の開始や維持が損なわれ,本邦で言うところの発動性障害(大東,2004)に似た症状があらわれる。内側前頭前野の