明星大学心理学年報 第30号

明星大学心理学年報 第30号 page 34/58

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30明星大学心理学年報2012年第30号外的補助・環境調整外的補助や環境内の手がかりを利用した介入が前頭葉機能障害者の行動制御の促進に時として有効な場合がある。Burke, Zencius,Wesolowski,& Doubleday(1991)は....

30明星大学心理学年報2012年第30号外的補助・環境調整外的補助や環境内の手がかりを利用した介入が前頭葉機能障害者の行動制御の促進に時として有効な場合がある。Burke, Zencius,Wesolowski,& Doubleday(1991)は,頭部外傷による前頭葉機能障害のために,特定の女性に対して露出行為を繰り返していた患者を対象に,セルフモニタリングノートを用いた認知リハを導入した。患者は,はじめに,露出行為に対する強い衝動や感情をすべてノートに記録するよう求められ,続いて,自身を露出したくなったときにはいつも,その衝動をノートに書き込むよう指導された。これに加えて,女性をデートに誘ったり,女性との会話を始めたりなどのデートにかかわる技能をロールプレイによって獲得する訓練もあわせておこなった結果,患者の露出行為はわずかな例外を除いて消失した。ところで,前頭葉損傷者においては,熟考を要する意思決定場面で論理的思考に基づく行動が阻害されるのとは対照的に,意思決定を伴わない慣習的で自動的な行動は保持される。また,Karnath, Wallesch, &Zimmermann(1991)によれば,前頭葉損傷者は,慣習的動作を引き起こすためのきっかけとなる環境的な手がかりによって容易に妨害される。このことは,逆に考えると,前頭葉損傷者が環境内の手がかりを特定の行動と関連づけることが可能であることを示しており,したがって,環境手がかりとそれに対応する目的指向的行動の関連性を患者に新たに学習させることによって,特定の行動(熟考を要さずに環境手がかりにより自動的に始動する行動)の発現を促進できる可能性がある。Lengfelder&Grollwitzer(2001)はこの点に着目し,20名の前頭葉損傷者を対象に,実行意図(implementationintentions, Aが出現したら,行動Bをおこなうといった行動パターン)の形成を利用した行動制御を試みた。画面上に呈示された数字に対して反応し,文字に対しては反応しないGoNogo課題において,特定の数字?に対しては特に速く反応するようカードと自己教示を用いた訓練をおこなったところ,前頭葉損傷者は前頭葉以外に損傷をもつ脳損傷者と同様に,訓練された特定の数字に対する反応が促進された。さらに,特定の数字への反応促進が生じた事態では,同時に実施された追跡課題の難易度の影響を受けないことが明らかになり,実行意図により,一旦,刺激と行動の対応関係が学習されると,その行動の実行に際しての心的負荷が減少することが確認された。この研究は,実験的な場面での実行意図の形成による前頭葉損傷者の反応促進を示したものであるが,Lengfelder& Grollwitzer(2001)も述べるように,前頭葉損傷者の刺激依存性を逆手に取ったこのような介入法は,より実際的な場面での患者の行動制御に応用できる可能性があり,期待できる。2-3.活性化調整機能行動の開始と維持の障害,または,自発性や動機づけの低下など,活性化調整機能の障害によって生じる神経心理学的症状の治療については,ドーパミン作用薬を使用した薬物療法が中心となる(Levine,Turner,&Stuss,2008)。他方,数はそれほど多くないものの,認知リハ的な介入が活性化調整機能の改善に効果的であることを示唆する研究もある。行動開始の障害Burke,et al.(1991)は,行動開始に障害のある3名の頭部外傷者に対し,チェックリストを利用した治療的介入を試みた。食事の際のトレイの準備や台所の掃除など患者がおこなうべき日常的課題がリストアップされたチェックリストを用いて,個々の課題を自発的に始めるよう訓練した結果,訓練に参加した3名の患者のすべてが他者からの言語的な促しがなくても,チェックリストを使って自発的に課題を始めることができるようになった。こうした訓練効果はチェックリストの使用を中止した後も維持された。Evans,Emslie,& Wilson(1998)は,知的機能や記憶機能が保たれているにもかかわらず,日常生活動作の開始に問題のあった前頭葉損傷者の治療に,患者の持つポケットベルに適切なタイミングでリマインダーを送信するポケットベルシステム(NeuroPage)を導入した。この研究では,朝夕の服薬,植物への水遣り,下着の洗濯の3つの日常生活動作を標的行動として設定し,それぞれに対するNeuroPageの導入の効果について検討したところ,いずれの標的行動についてもNeuroPageの使用によって行動の開始が促進された。さらに,同じ患者を対象とした10年後のフォローアップ研究においても,患者の日常生活動作の開始がNeuroPageの再導入によって劇的に改善したことが示された(Fish,Manly,& Wilson,2008)。Fish,Manly,&Wilson(2008)によると,NeuroPageによる訓練効果はチェックリストを使用した場合と比べて大きいと考えられる。NeuroPageは,一般に,記憶障害(特に展望的記憶の障害)を補償する外的補助システムとして用いられるが(Wilson,Emslie,Quirk & Evans,2001,Fish,Manly,Emslie, Evans, & Wilson, 2008),Evans et al.(1998)やFish,Manly,& Wilson(2008)の研究は,活性化調整機能の障害の結果として生じる行動開始の問題にもNeuroPageが適用できる可能性を示している。