明星大学心理学年報 第30号

明星大学心理学年報 第30号 page 35/58

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柴崎:前頭葉機能障害の認知リハビリテーション31このほかに,行動開始の障害に関しては,行動開始を促す手がかりカード(Sohlberg, Sprunk, & Metzelaar,1988)や行動のきっかけとなる自己教示(“Just do it!”)....

柴崎:前頭葉機能障害の認知リハビリテーション31このほかに,行動開始の障害に関しては,行動開始を促す手がかりカード(Sohlberg, Sprunk, & Metzelaar,1988)や行動のきっかけとなる自己教示(“Just do it!”)の使用(Evans,2003),あるいは,モデリング(本田,1997)を利用した認知リハ的な介入が試みられており,いずれも肯定的な結果を得ている。一方,前田他(2009)は,発動性障害を呈した脳炎後遺症者の復職をねらいとした興味深いアプローチを報告した。この研究においては,患者が復職に向けてすべき行動を自分自身で考え,自発的に行動することを促すために,最初から患者に対して具体的な行動を提案するのではなく,まずは,復職に関する漠然とした質問を患者に投げかけ,それに対して答えが得られない場合にはより具体性のある質問,それでも答えが得られない場合には「○をしてみてはどうか」と提案するという段階的な介入が採用された。こうした介入の結果,訓練開始2週目以降から,治療者からの提案は必要としたものの,提案された内容を患者自らが工夫しておこなう様子が観察され,訓練開始1ヶ月半後には,具体的な提案がなくても,患者自ら主治医や上司と連絡を取り,復職後の業務内容について相談するなど自発的な行動が出現するようになった。この患者は発症後5ヶ月で自宅退院し,その後,復職した。情報処理の遅延Stuss(2009)が指摘するように,活性化調整機能の障害は,情報処理の全般的な遅れも引き起こす。Fasotti,Kovacs,Eling,& Brouwer(2000)は,脳損傷の結果,情報処理の遅れを示した頭部外傷者を対象に,日常生活におけるタイムプレッシャーを処理するための内的補償訓練(time pressure management, TPM)を実施した。TPMは,1)誤反応と障害の気づき:自身の情報処理の遅れと課題遂行との関係についての気づきを促す,2)TPM方略の受容と獲得:TPM方略(Table1)を指導し,その使用を促進させる,3)TPM方略の適用と維持:ラジオの音声など課題と無関連な妨害刺激が呈示されるより難しい条件下でのTPM方略の適用を促す,の3つの段階によって構成される。研究に参加した22名の頭部外傷者のうち,12名の患者に対してはTPMによる訓練,残りの10名の患者に対しては記憶方略に関する訓練を3週間程度ずつそれぞれおこなったところ,2つの患者群ともに,呈示されたビデオの内容の書き取りを求める評価課題の遂行が訓練後に向上したが,TPMを受けた患者群(TPM群)では記憶訓練を受けた患者群(統制群)より訓練効果が大きくなった。また,TPM群では,統制群と対照的に,情報処理のスピードや記憶に関する別の神経心理学的測度において,訓練効果の般化が認められた。2-4.メタ認知過程メタ認知過程の障害は,自己の内的状態の理解やそれを基盤として生じる他者認知及び社会的認知の障害を生じさせる。この領域の認知リハでは,自身の障害に対する全般的気づきや自己モニタリングなど前者の自己認知にかかわるものがほとんどを占めており,後者の社会的認知を標的とした治療的介入はわずかしかおこなわれていない。障害への気づき脳損傷後の自身の障害への気づきを促進させる認知リハ的な手法の1つに,患者が特定の課題に取り組む前にそれに対する自らの遂行を予測させ,課題実施後に予測と実際の遂行成績とのギャップを患者に自覚させることを通して,患者の自己意識の修正を促すものがある。Youngjohn& Altman(1989)は,自身の障害への気づきが低下した脳損傷者を対象に,前述の手法を利用したグループ介入をおこなった。この研究では,はじめに患者が取り組むべき課題(自由再生課題または計算課題)のサンプル問題を呈示し,それに対する自身のTable 1 TPM方略(Fasotti,et al.2000)教示1.充分な時間がない状況で,同時におこなうべき2つ以上の課題がありますか?そうであるならば第2段階へ,そうでなければ単にその課題をおこないなさい主な目的目前の課題におけるタイムプレッシャーを認識する2.課題を始める前に,すべきことに関する短いプランを立てなさいタイムプレッシャーをできるだけ避ける3.時間が足りなくなった場合におこなう緊急プランを立てなさいできるだけ速く,効果的にタイムプレッシャーを処理する4.プランと緊急プランの準備ができましたか?では,それを適切に使用してみましょう?TPM方略を使用している間の自己モニタリングを促す