明星大学心理学年報 第30号

明星大学心理学年報 第30号 page 36/58

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32明星大学心理学年報2012年第30号遂行レベル(記憶課題の再生数または計算問題の正答数)を予測するようおのおの患者に求める。各患者が予測した成績は個々の患者の名前とともに黒板に示され,その後,課題が実施さ....

32明星大学心理学年報2012年第30号遂行レベル(記憶課題の再生数または計算問題の正答数)を予測するようおのおの患者に求める。各患者が予測した成績は個々の患者の名前とともに黒板に示され,その後,課題が実施される。課題終了後は黒板にある個々の患者の予測値の隣に実際の成績が記され,予測と実際の成績の不一致について患者どうしで議論を交わすよう求められた。こうした手続きを自由再生課題と計算課題の各課題で2試行ずつ繰り返したところ,2つの課題ともに,1試行目では予測値が実際の成績より大きく上回っていたのに対し,2試行目では予測と実際の成績のギャップが1試行目よりも小さくなり,患者の予測の精度が有意に上昇した。Youngjohn& Altman(1989)において観察されたこのような課題遂行の予測の改善は,患者の自己の認知障害に対する気づきの増加を示唆していると考えられる。患者がおこなった遂行の予測と実際の遂行とのギャップは,行動療法的な介入によっても改善される。Rebmann & Hannon(1995)は,自身の記憶障害への気づきが欠けた3名の脳損傷者を対象に,患者が予測した記憶課題の成績と実際の成績との差異が小さければ,言語的賞賛とロトチケットによる強化を与える介入を試みたところ,すべての患者において,介入期には遂行の予測の精度がベースライン期より増す傾向が観察された。さらに,Cheng & Man(2006)やGoverover,Johnston,Toglia, & Deluca(2007)は,日常的な課題を用いたグループ研究を実施し,予測と実際の遂行とのギャップを患者に自覚させるこのようなアプローチが,障害への気づきを直接的に測定する評価測度においても改善を導くことを明らかにした。ただ,Goverover,et al.(2007)によれば,こうした手法が自己への気づきに及ぼす影響は限定的なようである。Goveroverらの研究に参加した頭部外傷者では,日常生活上の困難に関するメタ認知を測定する測度(selfregulationskills interview, SRSI)においては訓練後の改善が示されたが,脳損傷に伴って生じた身体的・認知的・行動的変化への全般的な気づきを測定する測度(awareness questionnaire)においては訓練効果が認められなかった。なお,認知リハ的な介入がSRSI上にあらわれる自己への気づきの改善を促すことは,患者の障害への気づきを促進させる16週のワークショップによる介入をおこなったOwnsworth, McFarland, &Young(2000)においても確認されている。Fleming,Lucas,& Lightbody(2006)は,遂行の予測,予測と実際の遂行の差異についての自己評価,フィードバック,脳損傷教育など多様な手法を組み合わせた10週の訓練プログラムを自己意識に障害のある4名の脳損傷者に実施した。その結果,4名の患者全員において訓練後の自己への気づきが改善したが,これに伴って,すべての患者の不安も増加した。このことから,患者の障害への気づきの改善をめざした認知リハにおいては,治療者が訓練中の患者の感情状態を常に把握しておくことが重要と考えられる。また,Fleming,et al.(2006)が指摘するように,気づきに対する介入の導入にあたっては,介入の利益がそれによる損失(不安の増加)を上回るか否かを注意深く検討する必要がある。自己モニタリング・誤反応の自己修正Meichenbaum & Goodman(1971)は,通常は内的におこなわれる自己モニタリング過程を代償する内的補償方略の1つとなる自己教示法を考案した。自己教示法は,内言による行動調整を重視したLuria(1981)の理論を基盤としたもので,これを用いた訓練では,課題遂行中の患者にその実行手順を逐次明瞭に外言化させることから始まり,訓練経過ともに徐々に外言化を弱め,内言化を導いていく。Cicerone& Wood(1987)は,ロンドン塔課題を使用した前頭葉損傷者の認知リハに自己教示法による8週間の訓練を導入した結果,患者の誤反応数は劇的に減少し,備品のビーズで遊ぶなど課題無関連な行動もあわせて改善した。これに加えて,訓練効果の日常生活への適用を促す12週間の般化訓練を実施したところ,患者の日常生活行動に訓練効果の般化が観察された。続いて,Ciceroneらは,プランニングや自己モニタリングに障害をもつ6名の脳損傷者を対象に追試研究を実施し,6名中5名の患者において,自己教示法による介入がロンドン塔課題の遂行の改善を導くことを再度確認した(Cicerone &Giacino,1992)。自己教示法は,そもそもは多動児の療育の現場で開発された介入法であったが,Ciceroneらの研究を契機に,脳損傷後遺症に対する認知リハの領域においても,自己モニタリングや方略の内在化を促す代表的な自己モニタリング方略として,さまざまな文脈で利用されている(たとえば,Fasotti,et al.2000,坂爪・本田・上久保・中島・南雲, 2002, von Cramon & Matthes-vonCramon, 1994など)。自己モニタリング訓練が前頭葉機能障害によって生じる行動障害の治療に有効であることを示唆する研究もある。Aldermanet al.(1995)は,脳損傷後に繰り返しの発話を呈するようになった脳炎患者の自発的な自己モニタリングを促進させるために,デジタルカウンターを使って問題行動の生起頻度を患者自身に数えさ