明星大学心理学年報 第30号

明星大学心理学年報 第30号 page 38/58

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34明星大学心理学年報2012年第30号ける方略と,他者の表情の模倣をおこなう方略のおのおのの利用が頭部外傷者の他者の感情状態の知覚にどのように影響するかを検討したところ,注意方略よりもどちらかというと模倣方....

34明星大学心理学年報2012年第30号ける方略と,他者の表情の模倣をおこなう方略のおのおのの利用が頭部外傷者の他者の感情状態の知覚にどのように影響するかを検討したところ,注意方略よりもどちらかというと模倣方略を用いたときに感情知覚が促進された。3.今後の研究課題前章では,Stuss(2007, 2009)の前頭葉機能に関する領域特異的アプローチの枠組みに従いながら,これまで実施された前頭葉機能障害の認知リハを整理及び概観した。Stussが分類した4つの前頭前野機能のそれぞれに対する認知リハ的な介入の総数に着目すると,遂行的認知機能に関しては,比?的多くの治療的介入がおこなわれているのに対し,活性化調整機能やメタ認知過程に含まれる社会的認知については認知リハ的な取組みが全般に少なくなっていることに気づく。このうち,活性化調整機能に関しては,重症例では自発性や動機づけが極端に低下するため,患者を訓練にのせること自体が困難で,三好・石井(1999)が述べるように,場合によっては,回復訓練の適用をあきらめざるをえないケースもありえる。ただ,長期に渡る活性化調整機能の障害は患者の予後を著しく阻害するだけでなく,筋萎縮や全般的認知機能の低下などの廃用症候群を引き起こす危険性もあるので,可能な限り,何らかの治療的介入を試みる必要がある。前章で触れたように,外的補助システムの導入やモデリングによる介入など,認知リハ的な介入がこの種の患者に効果的に作用することを示唆する研究が数は少ないながらもいくつか存在しており,筆者自身も,反応促進をねらいとした実験心理学的な訓練課題による反復訓練が,前頭葉損傷者の発動性機能の改善を導くことを体験している(柴崎・豊田,2009,Shibasaki& Toyota,2010)。今後,活性化調整機能の不全に対して認知リハ的な働きかけを積極的に進めていくうえで,その有効性を裏づけるエビデンスのますますの蓄積が望まれる。また,メタ認知過程と関連する社会的認知に関しても,同じメタ認知過程に含まれる自らの障害への気づきや自己モニタリングといった自己認知にかかわる認知リハと比?すると,介入の数が極端に少なくなっている。他方,自閉症スペクトラムと同様に,前頭葉損傷者が他者の心的状態の推測が求められる心の理論課題の遂行に障害を示すことはよく知られており,たとえば,Gregory,et al.(2002)は,前頭葉異型性の前頭側頭型認知症患者では,誤信念課題,社会的失言課題,まなざしによる感情知覚課題のすべてにおいて認知成績が低下することを報告した。さらに,Shamay-Tsoory,Tomer,Berger,Goldsher,& Aharon-Peretz(2005)によれば,前頭前野の腹内側領域に損傷をもつ患者では,失言や皮肉の理解など情動的な心の理論課題に対する遂行障害が目立つとのことである。種々の心の理論課題の遂行障害によって明らかとされる前頭葉損傷者の社会的認知の障害は,患者の円滑な社会活動を妨げる重大な阻害因となっており,McDonald,etal.(2009)が指摘するように,認知リハ的な介入の重要な標的として位置づけられる。こうした意味において,最近のBornhofenらのグループによる社会的認知障害に対する一連の治療的アプローチは非常に興味深く,これからの研究動向が大いに注目されるところである。次に,訓練効果の評価に関して,前章で概観した前頭葉機能障害の認知リハでは,標的とする前頭葉機能を測定する評価課題や行動尺度などの行動測度上のデータが介入の前後でどう変化するかといった観点から介入の効果について主に検討されていた。一方,昨今の科学技術のめざましい発展に伴い,機能的MRI(fMRI)やポジトロンCT(PET),近赤外分光法(NIRS)など,脳の神経活動を非侵襲的に測定できる技術の開発が飛躍的に進歩し,多様な研究領域への活用が進んでいる。このような脳機能測定装置は,脳機能リハビリテーションの領域にも積極的に利用されており,運動麻痺や失語症については,これらの自然回復過程を支える脳内機序が徐々に明らかにされつつある(加藤・武田,2009,三原・矢倉・畠中・服部・宮井,2010,Mimura,et al.1998, Pizzamiglio, Galati, & Committeri, 2001,横山・長田,2004)。これに対し,認知リハ的な介入によって引き起こされる脳活動の変化に関しては,視覚機能訓練や注意訓練が患者の脳内に可塑的変化をもたらすことを示したJulkunen,et al.(2006)及びKim,et al.(2009)があるものの,これについて検討した研究は少なく,さらに,前頭葉機能障害に関連する認知リハに対象を絞ると,前述のLevineet al.(2000)のGMTを組み入れた注意制御訓練による脳内の変化をfMRIデータを用いて検討したChen, et al.(2011)以外にほとんど研究が見当たらない。Chen,et al.(2011)においては,介入に伴う前頭前野活動の変化パターンが患者間で一貫しなかったが,今後は,行動データをもとにした訓練効果の評価はもちろんのこと,これにあわせて,脳活動データを利用した効果測定を進めることにより,前頭葉機能障害に対する認知リハ的な介入が,前頭葉やそのほかの脳領域の活動にどのような可塑的変化をもたらすかを検討していく必要がある。