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心理学年報31号

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26明星大学心理学年報2013年第31号動測度よりも反応抑制にかかわる条件設定に対して感受性が高いことを示唆している。したがって,実験2に関しても,実験1と同様に反応抑制に関連した血流変化を簡易型NIRS装置を用いた前額面の測定によりとらえることができたといえる。なお,低競合条件については,行動測度の場合と同様に,脳血流測度上においても非競合条件との条件差が明らかでなかった。続いて,半球差については,左半球の各チャンネルで高競合条件と混合条件のときに目立った血流上昇が観察され,Figure7に示した半球ごとのoxy-Hbの平均値に関する分析においても,左前額部でこの傾向が顕著となった。さらに,反応抑制量が最大となる混合条件では,左前額部の血流が右前額部より有意に上昇し,実験2のSRC課題に関しては,認知的葛藤条件下で左半球優位な結果が得られた。しかし,前述のように,SRC課題に関するfMRI研究では,葛藤条件下で右背外側前頭前野の賦活が報告されており,本研究の結果と一致しない。ただ,同じ認知的葛藤事態でも,Stroop課題に関する機能画像研究では,課題遂行と両側前頭前野とのかかわりが指摘されているものの,どちらかというと左前頭前野(左背外側前頭前野)に優位な結果が得られている(Roberts& Hall,2008)。本研究で使用したSRC課題は,ドットや円といった非言語的な刺激が用いられることが多かった従来のSRC課題と違って,「右」や「左」といった位置を示す単語が刺激として用いられている点が特徴的である。加えて,実験2では,課題遂行時に画面に呈示された単語刺激を口頭で読み上げるよう各実験参加者に求めており,単語に対する意味処理を促進させるような手続きをとっている。そのため,実験2の葛藤条件では,単語の意味に従って自動的に反応することを抑制しつつ,新しい刺激―反応連合を形成していくというStroop課題と類似した機序がより強く関与していると考えられ,このことがStroop課題の場合と同様に本研究においても左前頭前野に優位な血流上昇が得られたことと関係している可能性がある。総合考察本研究は,反応抑制障害の認知リハビリテーションに関する基礎研究の一環として,種類の異なる2つのSRC課題を遂行中の健常者の脳血行動態を簡易型NIRS装置を用いて測定し,反応抑制に伴う血流変化をこのようなNIRS装置によって測定できるか否かについて検討することを目的とした。先述のように,実験1と実験2のいずれについても,反応抑制が強く求められる実験事態で前額部の有意な賦活が観察され,とりわけ,実験2においては,行動測度よりも簡易型NIRS装置による脳血流測度のほうが,反応抑制に関する条件設定に対し感受性が高くなった。また,本研究の2つの実験結果から,簡易型NIRS装置による前額面の測定でも,課題要求の違いによって反応抑制にかかわる優位半球が異なる様子もあわせて観察された。以上の結果は,2チャンネルまたは16チャンネルの簡易型NIRS装置を用いた前頭極を中心とした脳血流測定であっても,背外側前頭前野の活動を起源とすると思われる反応抑制機能と関連した脳血流変化をとらえられることを示唆している。さらに,このことは,反応抑制障害の認知リハビリテーションに本研究で用いたような簡易型NIRS装置を適用可能であること,すなわち,患者の反応抑制障害の評価や治療的介入に伴う訓練効果の測定に簡易型NIRS装置が利用できる可能性を示していると考えられる。脳損傷後の機能回復の脳内機序について検討した脳機能画像研究は,現在のところ,失語症や片側麻痺に関するものが主流で,空間的認知障害や記憶障害,遂行機能障害といった,そのほかの脳機能障害(特に高次脳機能障害)の自然回復のメカニズムについてはあまり検討されていない(Mun?oz-Cespedes,et al.2005)。さらに,自然回復でなく,これらの高次脳機能障害に対する認知リハビリテーション的な介入によって引き起こされる脳内機序の変化については,コンピュータを利用した視覚機能訓練や注意機能訓練が,視野障害を呈す卒中患者や,視空間的注意障害を呈す脳外傷者の脳に可塑的な変化をもたらすことをそれぞれ示したJulkunen,etal.(2006)やKim,et al.(2009)のPETまたはfMRI研究があるものの,さらにエビデンスが少なくなる。こうしたなか,本研究の結果は,PETやfMRIと比べて格段に安価で入手しやすい簡易型NIRS装置であっても,場合によっては,高次脳機能障害の認知リハビリテーションに充分に活用できる可能性を示しており,認知リハビリテーションによってもたらされる脳の可塑的変化をとらえる1つの手段として,こうした装置を利用した介入研究が今後積極的に進められることが望まれる。引用文献Alderman,N. (1991). Thetreatment ofavoidancebehaviour following severe brain injury by satiationthrough negative practice. Brain Injury, 5,77-86.