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心理学年報31号

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心理学年報31号

明星大学心理学年報2013,No.31,35―38講演録明星大学心理学会第6回大会記念講演抄録知覚心理学の対象と方法論を再検討する?境敦史?講演者は,2010年度の大学特別研究員として,イタリア共和国Fliuli VeneziaGiulia州のウディネ大学(Universita? degli Studi di Udine)に赴き,ヨーロッパの実験現象学的アプローチの伝統に連なる知覚研究の重鎮であるGiovanni Bruno Vicario教授とともに研究を行った。この経験を踏まえ,知覚心理学とはどのような学問か,即ち,「知覚心理学では,どのような事柄を,どのようなやり方で扱うのか」論じたい。1.科学的思考は条件分析に基づく例えば,「念力によって他者の行動を制御できる」という命題を検討する場合に,いかにも怪しい事柄だけを疑ってかかるのは,科学的とは言えない。もっともらしい事柄にも,疑わしい事柄にも,等しく批判的検討を加えなければならない。それは,「もっともらしい」とか「怪しい」という判断そのものが誤謬である可能性が排除できないからである。但し,その際,ただ真偽のみを問う形式での検討は生産的ではない。というのは,そのようなやり方では,「真偽が判明すると前もって判明している事柄」以外を扱えないからである(例えば,?2は奇数である」という命題の真偽は問えるが,「念力は存在する」という命題の真偽をいきなり問うことは困難であり,仮にそのような問いに対して何らかの-多くの場合,直観的な-結これによって,ある命題の真偽をいきなり問うのではなく,例えば,「どのような条件の下で“念力”と呼ばれる出来事が成立する確率が高いか」を問いながら,その条件を絞り込んでいくことが可能になる。条件分析は,科学的な探求においては,本質的な思考方法であり,心理学の全ての研究領域においても根本的に重要である。例えば,「心とは何か」をいきなり問うと,検証不可能な主観的主張が羅列されるだけだが,「いかなる条件の下で,“心”と呼ばれる事柄が成立するのか」を問うことは,検証可能な問題設定であるだけでなく,他者と共有され利用されるデータの蓄積にも繋がる(例えば,臨床の現場において「返事をしない人」に遭遇した時,いかなる条件の下では返事をし,いかなる条件の下では返事をしないか検討することが,鑑別診断に繋がる)。論が示されたとしても,その結論そのものが誤謬を孕んでいないという保証はない)。以下の2つの条件を充たした事柄だけが,「科学的」であると認められる。即ち,?客観性があること(=他者と共有することが可能であること)という条件と,?再現性があること,即ち,「同じ条件を整えれば同じ現象が起きること」という条件である。後者は,「どのような条件の下であれば,その現象が生起するか」と言い換えられるから,これは,ある現象の生起条件だと言えるが,そのような生起条件は,条件分析と呼ばれる検討から明らかになる。条件分析とは,ある現象を左右すると想定される複多的条件の効果を,一つずつ検討していく過程である。その際,想定される複数の独立変数のうち,ある変数のみの効果を,別の変数を一定に留めたまま検討する。?人文学部教授?2010年度大学特別研究員?本稿は,2012年2月4日に開催された明星大学心理学会第6回大会における記念講演の内容に加筆したものである。2.物理的世界のみを真と見なす考えから捉えた「知覚」?錯覚」や「幾何学的錯視」は,知覚心理学のテーマとしてよく採り上げられる。「幾何学的錯視」の代表例としてしばしば引き合いに出されるのは,ミュラー・リヤー錯視である。水平線分を「主線」と呼ぶが,主線長が等しければ,外向図形の主線の方が内向図形の主線よりも長く見えることが知られている。このような錯視現象については,「人間は,物理的世界を正しく認識することはできない」とか,「脳が図形に騙されている」といった言説が一般に展開されるが,それらに通底しているのは,以下のような,互いに関連し合う考えである。?物理的世界こそが,唯一の客観的で正しい世界であるから,世界を物理学的に捉える考え(物理学的世界観)こそが,唯一の正しい世界観である?知覚は,物理的世界の写像としての心理的世界で