心理学年報31号 page 40/54

心理学年報31号

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36明星大学心理学年報2013年第31号ある?そのような写像は物理的世界を正確に反映しない?知覚する主体は脳であるこれらの考えを繋げば,「錯視とは,私たちが,唯一の客観的で正しい物理的世界を,そのまま正しく知覚できない現象であり,その原因は,知覚の主体たる脳が物理的世界に騙されていることにある」という,錯視への通俗的な理解が形成される。しかし,知覚をこのように「物理的世界に関する誤った認識」と捉えると,「知覚されるのはあくまでも仮の世界である」とか,「真の物理的世界と仮の知覚との不思議な食い違いがなければ,知覚の研究には着手できない」ということになってしまう。3.知覚以外の水準において知覚を語ることは,無意味であるしかし,上記?の物理学的な世界観は,多様な存在論のうちの一つに過ぎず,「唯一にして正しい」世界の捉え方ではない。「客観的な物理的世界」は,知覚される事実ではなく,概念ないし約束事である。むしろ,「世界が客観的であること」は,「共通の正しい物理的世界が存在すること」を反映しているのではなく,私たちが同じ地上環境を共有していることと同義である。上記?のような,知覚を心理的・主観的世界と見なし,物理的世界の貧弱な再現と捉える考えは,デカルトの心物二元論に根ざしている。この考えはまた,「物質界は,知覚の性質を持たないが,知覚の原因である」とする「知覚の因果説」の別の姿でもある。この考えに従うと,私たちの周囲にある現実の環境は,(原子から成り絶対空間座標に位置づけられる)物理的世界と同一視され,「(物理的世界である)環境についての知覚は,その貧弱な写像にすぎない」ことになる。しかし,私たちは,この世界が原子から成ることを知覚しないし,私たちは絶対空間座標系の中で生きているとは知覚しない。上記?の考えは,「私たちは,物理的世界について,正しく知覚できない」,即ち,「私たちの,正しい物理的世界を正しく知覚する能力には限界がある」という見解と同義である。しかし,「物理学的世界観では,私たちの知覚を的確に記述することができない」と考えれば,?の主張は,何の意味も持たない。上記?のような考えは,生理現象の水準への知覚の還元である点で,「知覚の生理還元論」或いは「過程錯誤」(Vicario,2003)と呼ばれる知覚研究上の誤謬に含まれる。知覚の主体を,「自己」という自律的行為の単位から,自己身体の一部であることが合理的にしか理解できない「脳」へとすり替えることには,知覚そのものの研究に何ら資するところがない。つまり,「知覚がどのようであるか」について,私たちは私たち自身の知覚を根拠として,即ち「自己」の責任において語れるが,自分が脳になったつもりで知覚を語ることは不可能であり,しかもそのように語ることには,知覚の研究の上で何の意味もないのである。知覚とは,基本的に,「今ここにある環境の特徴(“対象”や事象)と自己の存在・状態とを,自分自身がじかに,知ること」である。従って,知覚は,「直接経験?direct experience?」とも呼ばれる。しかし私たちは,環境について知るとき,同時に,「環境について知りつつある自己の存在や状態」をも知る。例えば,“この部屋は暗い”と知覚すると同時に,“この部屋は暗いと知りつつある自分が,今ここにいる”とも知覚する。従って,知覚とは,環境?environment?と自己?self?との相互依存的な認識である。4.知覚の水準において知覚を語る方法Vicario教授は,知覚を,「物理の水準,神経の水準,心的水準から成る3水準の実在を貫く過程」と捉えた(Table1)。即ち,知覚とは,3水準の最上位にある心的事実であり,それを扱うのが知覚の心理学である。その上で,知覚を物理の水準で語ること(刺激錯誤)や,(例えば,知覚の主体を脳に置く考えのように)知覚を神経の水準で語ること(過程錯誤)は,いずれも,「心理学としての知覚研究」にとって錯誤であって,唯一「観察者に記述を求めること」だけが知覚の諸事実を知覚の心理学の水準で記述する方法であるとしている(Vicario,2003)。この考えに従えば,知覚者自身による「どのように知覚されるか」についての記述を離れた知覚の研究はあり得ない。5.知覚研究の進め方を巡る考察ベルギーの知覚心理学者アルベール・ミショット(Albert Michotte,1881-1965)は,実験現象学的な手法を用いて,運動の視知覚を研究した。彼は,円盤法と呼ばれる機械的な呈示方法を用い,水平方向に移動する複数の対象を呈示して,観察者に記述を求めた。このTable 1知覚の3水準(Vicario,2003)心的水準知覚の諸事実知覚の心理学神経の水準神経過程知覚の生理学物理の水準物理的刺激知覚の物理学