心理学年報31号 page 9/54

心理学年報31号

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心理学年報31号

榎本・竹内:アスペルガー障害児におけるビデオセルフモニタリングによる不適切行動の制御5したかった」などのモデリングシートの得点を気にする様子が観察されていた。ただし,モデリングシートによる自己評価が強化的に機能するためには,モデリングシートの得点推移の意味が理解できていること,自己評価を高めることが強化として機能する強化履歴など,いくつかの成立要因の存在が疑われるため,慎重に検討を重ねることが望まれるだろう。2点目は,ビデオセルフモニタリングで使用したVTRがパフォーマンスフィードバックとして機能したことである。パフォーマンスフィードバックとは,パフォーマンスを変化させることが可能な,過去のパフォーマンスの情報(Daniels,1989)である。今回使用したVTRでは,標的行動が何であるか参加児には伝えていなかったが,セルフモニタリングの対象となるものが「興奮している度合い」であることは明記されていた。よって,今回実施されたビデオセルフモニタリング手続きが,標的行動を明示し標的行動のパフォーマンスについての焦点化する方略として寄与した可能性が否定できない。パフォーマンスフィードバック自体が適切行動の強化子として作用し,不適切行動に弱化子として寄与することは榎本(2009)でも指摘されており,今回の研究でも同様のことが起きていたと考えることもできる。また,従来のセルフモニタリング研究で指摘されている行動変容のためには客観的な行動評価と自己行動の振り返りを一致させる必要(太田,2010)がビデオモニタリング手続きでは必要なかったことも大きなメリットであると考える。一致手続きが必要なかったことは,ビデオという具体的な手がかりを元に評価しているため,想起したイメージと実際の行動を一致させることが必要なかったと考えられる。言い換えれば,自己評価と客観評価を一致させる高度な知的活動ではなく,提示された刺激に対し適切な選択肢を選ぶマッチング手続きのみでセルフモニタリングが可能になったと言えるだろう。今回の研究で得られた知見をまとめると,1ビデオセルフモニタリング手続きは,注目や回避の機能を備えていることから言語注意などでは変化が見られない比?的変容の難しい行動について即時の効果が期待できる,2その際,バックアップ強化子などの特別な強化随伴性の整備が必要ないこと,3セルフモニタリング手続きと異なり,VTRを用いることで自己評価と客観評価の一致手付きが必要ないことが明らかになった。以上の結論を元に,教育現場でのビデオセルフモニタリングの応用可能性について述べる。まず,変容の難しい行動への即時的効果が期待できることから,集団活動を大きく阻害するような妨害行動や,即時に対応する必要のある重篤な挑戦的行動(ChallengingBehavior)に対しての適用整合性が考えられる。次に,特別な強化随伴性の整備が必要ないことから,個人に対して特別な強化子を準備することが困難なフォーマルな教育現場(義務教育の場である学校)などの集団活動の場へ導入できる可能性を持っていると捉えられる。最後に,自己の行動を想起し評価を行うことが難しい知的障害を持った児童についてもセルフモニタリング手続きを導入できる可能性が示されたと言えるだろう。特に,知的な問題を抱える児童の中には,重篤な挑戦的行動を示す児童の存在が多く指摘されている。このような児童に対し,ビデオセルフモニタリング手続きは,挑戦行動の改善の方略として適用可能な応用性を持っていると言えるだろう。本研究の限界と今後の展望本研究には実験計画上の限界が3つ挙げられる。まず,1点目は研究参加者の人数の問題である。本研究は1名の発達障害児に対して介入研究を行っている。研究デザインの上での変数の統制は最大限考慮されているが,今回の結果や導き出された知見に個人要因が大きく交絡している可能性を除去することはできない。よって,参加人数を増やした追試が望まれるだろう。2点目は標的行動および場面が限定的なものになっている点である。今回の研究では言語報告場面といった整備された環境で行われていただけでなく,主な標的行動も1種類であった。今後の研究では,より現実的な場面(例えば,家庭や学校)において,複数の不適切行動を扱って行く必要があるだろう。最後に,他行動や他場面への般化についての問題が上げられる。言語報告場面での不適切行動の低減は認められたが,本児の主訴となっている「家庭での不適切行動」がどのような変化を見せていたのかについてはエピソードデータ以外には記録されていない。ビデオモニタリング手続きの包括的な意義を探るためには,限定的な環境での行動変容が,実際の生活場面や行動にどのような影響を与え得るのか観察すべきであると考える。追跡的な調査や実験が望まれるだろう。引用文献Charlop-Christy, M. H. & Daneshvar, S. (2003).Using video modeling to teach perspectivetaking