ブックタイトル明星大学 心理学年報 第32号

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明星大学 心理学年報 第32号

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明星大学 心理学年報 第32号

32明星大学心理学年報2014年第32号の中で喪失対象の死を何度も追体験し,その都度悲嘆的感情を感じる。そのため,子どもが喪失対象の死を乗り越えるには長い年月を要することもある。子どもによる悲嘆感情の表出方法には様々なものがある。発達年齢にそぐわない行動をとる退行現象がみられる子もいれば,過度に「大人っぽく」なる子もいる。石井・左近(2010)はこれらの身体的,感情的反応を「子どものSOS反応」として三つに分類した。一つめは,「不健康児タイプ」である。このタイプは,主に頭痛・腹痛などの身体症状によって悲嘆的感情を表現し,病院などの専門機関においてもはっきりとした原因が見つけられないことが多い。不安や心配事が,身体の痛みや,体調の変化として現れていると考えられる。二つめは,「心配無用児タイプ」である。このタイプの子どもは一見,何事もなかったかのように振る舞い,気が利く「いい子」になろうとする。そのため,「死別を乗り越えた」と受け取られがちである。しかしそれは,死別によって心に開いた「穴」を家族や友人を助けることによって必死にふさごうとしている状態とも考えられる。三つめは,「問題児タイプ」である。このタイプの子どもは,不登校や家庭内暴力など,突然の抑えられない感情を爆発させてしまうタイプである。このタイプに分類される子どもはしばしば,口答えなどで周囲を困らせてしまうことがあるが「自分では感情がコントロールできないくらい苦しい」という反応の可能性も考えられる。以上のような反応を一度に複数表現する子どももいれば,一つの反応を繰り返す子どももいる(石井・左近,2010)。さらに瀬藤他(2011)によると,死別に対する子どもの理解とその表出方法は年齢によって変化するとされている。0~2歳の子どもは,死別をそのまま理解することは難しいが,親の不安定な気持ちを身体で感じ取ることができる。この時期の子どもは,まだ適切に思いを言葉にできず,眠れない,食べられない,泣き止まないといった形で表すことがある。3~6歳の幼児期の子どもは,死別について言葉にすることはあっても事実としてきちんと理解することは難しい。また「ママはこれからずっと眠ったままなのよ」と大人に語られた時「じゃあ,いつ起きるの」と聞くなど,本やテレビで聞き知ったファンタジーと死をつなげ,現実と空想の世界の区別がつけられないことがある。さらにこの時期の子どもは遊びのなかで気持ちを表現していくことが多くなる。7~10歳の子どもは,死について生き返らないという理解はできるようになるが「もしかしたら,自分も死ぬのではないか」等の過剰な不安を抱くことがある。これらの不安を抱くことで頭痛や腹痛を起こすことがある。11歳以降になると,知識として死を理解することはできる。しかし思春期であり,不安定な精神状態になりやすいため「どうにでもなれ」という思いが起きやすく,非行に走ることもある。一方,大切な人との死別を経験した後の人間関係は,遺族にとって重要な課題である(倉西,2010)。家族の精神的ショックによる心身の不調により,遺児の精神的・身体的ケアまで手が回らず,不安や疑問を抱えたまま過ごすことになってしまうケースも少なくない。家族間の関係が「ギクシャク」し,一連の心理的葛藤や感覚の変化が自己を他者から疎外する行動につながる可能性がある。そして,他者からの配慮が逆に「腫れ物にさわる」様に扱われている状態だと認識してしまい,その結果のさらなる疎外感と,死別にまつわる話の回避,両親健在家族への憧れとあきらめ等が相乗効果を生み「こんなに不幸なのは自分だけだ」と,他者からの孤立をさらに強く感じる可能性がある。親と死別した子どもに関する海外の研究としてCerel,Fristad,Verducci,Weller,& Weller(2006)とBrewer& Sparks(2011)による報告がある。Cerel etal.(2006)は,360組の両親との死別経験を持つ子ども(6~17歳)と残された保護者を対象に,死別経験後の期間によって四つの群(2ヶ月以内, 3~6ヶ月, 7~13ヶ月, 14~25ヶ月)に分けて面接を行い,両親の死別に追随する悲嘆は死後2年以内に起こることを明らかにした。しかし,死別経験のある子どもたちの精神健康度を死別経験のない二つの群の子ども(適応群とうつ病群)と比?すると,親と死別した子どもは適応的に過ごしている子どもよりは精神健康度が低かったものの,うつ病と診断されている子どもたちに比べると精神健康度が高かった。これらのことから,幼少時における保護者との死別体験は,子どもの心的適応に対してネガティブな影響を及ぼすストレッサーになりえるが,病的な状態をもたらすほどではないことが多いと考えられる。しかし,片親を亡くすことに伴う収入の減少,金銭的困窮により家族間の関係にひずみが生じること,残された両親の悲嘆,また他の家族の心的不適応を経験することは,抑うつや,ほかのすべての精神病的症状を患う大きなリスクとなることが示唆された。こうしたCerel et al.(2006)の報告から親の経済的地位の高さと,残された親の悲嘆反応レベルの低さは,子どもの心的適応に対して大きな影響を与えることが