ブックタイトル明星大学 心理学年報 第32号

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明星大学 心理学年報 第32号

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明星大学 心理学年報 第32号

36明星大学心理学年報2014年第32号にはM’1との生活が始まったことは,C1の死別への心的適応に際して大きな意味を持っていたと考えられる。Sanders(1992/2000)や若林(1994)は,死別により家族の一人が喪われることで家族関係のバランスが崩れてしまうことを示している。しかしケース1においては,再婚後M’1が適切にC 1の養育環境を整えたこと,さらにはF 1が,死別直前からC 1がともに暮らしていたM 1の両親,およびM 1の姉の下からC 1を強引に連れ戻さなかったことで,C1の養育環境が大きく変化しなかったことなどから,C1が母親の死別に対して比?的適応的に生活できたのだと考えられる。さらに,瀬藤他(2011)によると,死別を経験した子どもの支援に際しては,積極的な介入を行うよりも子どもの気持ちを引き出すように積極的な受身の姿勢でいることに配慮した上で,共感的に子どものそばにいることが重要であるとされている。ケース1において,助言役であるS先生の助言に従い,F1が無理にC 1を引き取らなかったことや,M1の姉などが生活の移行をスムーズに行える様協力したこともC 1が適応的に生活するにあたって重要なことであったと考えられる。ケース2において,C 2自身は大きな問題を起こすことなく育ったが,兄と姉には不適切な行動が多く見られ「ギクシャク」した家族関係が生じ,C2は家族と距離を置くために東京の大学へ進学した。その後,フリーターではあるが自立して生活をしている。若林(1994)は,片方の親が亡くなった後にもう片方の親が,自身の心的負担のために残された子どもにエネルギーを向けることができなくなり,遺児にとっては結果的に両親を失うことにもつながると述べている。しかしケース2においては,F2の母を中心とした親戚のサポートで,ある程度適切な養育環境が維持された上,ケース1と同様にM 2との死別後も生活環境に大きな変化がなかった。さらにBowlby(1980/1981)によると,喪失対象に向けられていた愛着を別の対象に結びなおすことが重要であり,喪失対象への愛着の継続は心的適応を阻害するものであるとされる。C2がM 2と同居していたのは3歳以前であったため,M 2との思い出が少なく,喪失対象としての役割が小さかった。これらの出来事が,C2がある程度適応的に生活できた要因であると考えられる。死別に関連した特殊な精神的障害は,複雑性悲嘆(Complicated Grief)と呼ばれる(以下CGと略)。瀬藤・丸山(2010)によると,一般的にCGと正常悲嘆に明確な差はないとされているが,CG特有の特徴として,1死別後6ヶ月以上の時間が経過しても非常に強い悲嘆反応を示す,2故人への強い思慕やとらわれなどの感情が極度に激しい,3以上のことにより日常生活に支障をきたしている,ということが挙げられる。M2との死別後5年4ヶ月たってもM 2の死別を引きずり再婚に反対した兄は,このCGの特徴を示していた可能性が考えられる。さらに瀬藤他(2011)によると,11歳以降の子どもは,親との死別に対して知識として死を理解することはできるが,思春期であり,不安定な精神状態になりやすいため「どうにでもなれ」という思いが起きやすく,非行に走ることもあるとされる。これらのことから兄は精神的に荒れ,非行を繰り返したと考えられる。さらに,親の離婚を経験した姉も思春期であったため非行に走り,F2の再婚後「ギクシャク」した家庭環境を形成した。このことはC 2が地元を離れて進学する理由になったと考えられる。両ケースの共通点として,C 1C 2ともに母親が亡くなる直前から子どもと母親が別居をしていたため死別直後に養育環境が大きく変化しなかったことや,子どもが母親との死別を経験した年齢がC 1C 2ともに5歳以下と低かったことが挙げられる。これらのことが目立った不適応を示さずに成人期を迎えることができた要因である可能性もあるだろう。ケース2におけるC 2の兄(C2の4歳年上)がそうであったように,ある程度成長した段階で死別を経験すると(C2の兄は9歳時に母と死別),その体験を受け入れ,適応することが困難になると考えられる。死別体験への適応やその後の養育について特に大切だと考えられるのが,残された親の再婚と新しい母親への適応である。ケース1においては,新しい母親への適応を比?的うまく行うことができた例であると考えられる。この新しい母親との適応において,兄弟との関係も深く関わっており,ケース2のように兄や姉が精神的に荒れてしまうと,家庭環境の悪化にもつながり,適切な適応を行うことが困難になると考えられる。以上のことから,子どもの死別体験後の心的適応に影響する要因として,1死別直前の母親との別居期間の有無,2子どもが死別を経験した年齢,3残された親の再婚と新しい親への適応,4残された兄弟,新しい兄弟との適応,が本研究の結果から抽出された。今後は,上記四点の一般性を確認するための追試や,死別に起因する心的不適応に対する具体的な支援方法を検討することが期待される。