ブックタイトル明星大学 心理学年報 第32号

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明星大学 心理学年報 第32号

48明星大学心理学年報2014年第32号被災地におけるアウトリーチ型心理支援の現状と課題石井雄吉1.アウトリーチ型心理支援の現状2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は,膨大な人的,物的損害をもたらした東日本大震災を引き起こした。その被害の甚大さは,警視庁によると死者行方不明者が2万人近く,復興庁の資料によると避難者が2013年でも30万人近い状況であり,産業に対する影響も想像を絶する。このような大規模な震災によって生じた心の傷つきに対するケアは,被災者の来談を待つ開設型相談所での相談だけでは対応困難であり,トラウマ治療の専門家によるアウトリーチ(訪問)型の心のケアが必要である。特に,東日本大震災に曝された被災者の中には,心のケアが必要であるにもかかわらず,地域性のためか,その解決に他者の支援を利用しようとしない者が多数存在する。そのような彼らは,相談機関をいくら設けても,自ら相談には赴かず,心の傷を遷延化させているのである。また,東日本大震災から2年近くを経過した現在であっても,被災やそれによる様々な2次的な問題のために,被災前の普通の生活に戻ることが出来ない人々も少なくはない。恐怖や喪失だけではなく,仮設住宅という環境,あるいは,失業等から派生する新たなストレスも増加し,さらにそこから派生する問題も多く浮かび上がってきている。2012年9月の朝日新聞によると,宮城県で児童虐待が増加している。アルコール問題も大きい。このように,東日本大震災により被った心の損傷,および,その後のストレスに対するケアは,まだまだ必要な状況である。演者は,東北地方のある町を中心として,アウトリーチ型の心のケア活動を行うチームに同行する機会を得た。このチームは,広範囲,そして,多数の被災者への支援組織として,非常に重要な役割を担っている。そこで,演者が体験した狭い範囲ながら,被災者に対する心のケア活動の現状とそこから浮かび上がってくる課題とについて報告し,東日本大震災により大切な人や物を喪失した体験のために心が深く傷ついた人々に対する,さらには,今後に発生するであろう大規模地震などによる被災者に対するより適切な心のケア構築のための資料を提供したい。ところで,2012年に開催された日本心理臨床学会第31回秋季大会のプログラムを見ると,東日本大震災関連の演題は全674件中30件(4.5%)であり,その中で発表抄録に「訪問」という記載のあったものは5件(内3件は一連発表なので実質は3件)であった。ただし,これらの発表において,「訪問」の際に用いられた臨床心理支援技法についての言及はいずれもなかった。また,同学会が2011年に開催した「東日本大震災心理支援研究会」,および,国際シンポジウム「震災被害への有効な心理支援に向けて」では,「心理教育」「ノーマライゼーション(一般化)」「傾聴」が中心的な技法として紹介されていたが,それをどのような支援形態で行うのかといったことについての言及はなかった。このように被災者支援についてはいろいろ語られている。しかし,被災者が広範囲で膨大な数に及ぶ現状を考えると,アウトリーチ型の支援が不可欠であるのだが,そのような場合の心理支援技法は十分に確立されておらず,支援者の個人的経験に依存しているのが現状である。また,支援技法が個人の経験によって異なると,特に必要となってくるのが,見立ての共有である。職種,経験,依拠する支援技法などによって,訪問するメンバーが着目する点も自ずと異なってくる。そうなると,初回にたまたま訪問した支援者によって指摘された問題点が,その後の支援方針を強く拘束することになる。つまり,被災者に対するケアの方針が,初回訪問者の個人的な見立てに大きく影響されてしまう虞がある。あるいは,逆に,訪問の度に訪問者が異なれば,その都度,見立てや介入方法が異なってくる可能性すらある。したがって,個人の経験だけに依存しない被災者の見立てを行うために,標準化されたアセスメントや半構造化面接による定期的なフォローアップが必要であろう。2.被災による影響ではない要医療者の問題東日本大震災の特徴は,阪神淡路大震災や中越大震災に比して,被害者数・被災地域が膨大であることに加えて,風土の問題がより大きいことである。被災者に対する心のケアといっても,メンタルヘルスに限らず医療全般サービスが十分ではない地域の場合,実は,