ブックタイトル明星大学 心理学年報 第32号

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明星大学 心理学年報 第32号

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明星大学 心理学年報 第32号

福田・石井・黒岩・高塚:第7回明星大学心理学会シンポジウム49被災による心のケアに特化した支援活動は難しい状況にある。仮設住宅のような集合住宅への入居,あるいは,行政がメンタル面の調査を行った結果により,震災以前からの精神科的問題が初めて顕現化することがかなりの頻度で発生している。そのため,このような従来からのメンタルヘルスの問題が,被災者支援と混在するために,関わりの混乱が生じている。たとえば,被災前に,無為自閉的なひきこもり状態であって,顕著な陽性症状を示さなかったため,医療にかかることがなかった統合失調症者等の問題が,仮設住宅への入居によって浮上することがある。その他にも,仮設住宅の集会場などで相談会を開催すると被災の問題ではなく,被災前からの様々な精神障害に関わる問題が持ち込まれてくる。このように,アウトリーチ型心理支援では,地域特有の問題と直面しそれを回避できない。しかし,その分,ますます支援を要する被災者への手当は薄くなる(訪問回数が分散される)。このジレンマが大きな課題である。る自然治癒は期待できない。トラウマからの回復には,Johnsonが言う3つのRをたどる必要があると指摘されている。つまり,再体験(Reexperience),開放(Release),そして,再統合(Reintegration)の3つであり,そのための介入が必要であると考えられている。トラウマ治療で注目されているEye M ovement Desensitization and Reprocessing:EMDRも,眼球運動によるトラウマ感情の脱感作ばかりに目が向くが,実はそれだけではなく肯定的認知の植え付けに重点が置かれているという。このように,特に被災してから相当の時間が経過した時点における心のケアは,ノーマライゼーションや自然治癒という説明だけでは限界があり,しかも,単なる傾聴ではむしろトラウマ反応を強化する結果となることを理解した上で,介入技法を考えなければならない。このことは,アウトリーチ型支援の場合,被災者と関わる機会,時間共に少ない分,より一層考慮しなければならない課題である。3.アウトリーチ型心理支援の技法的課題被災直後の様々なトラウマ反応は,ノーマライゼーションという言葉で表現され,それは時間の経過で自然治癒するものと説明されてきた。確かに,異常な体験をした人の異常な反応は,その時点で普通であり,時間の経過とともに解決するものであると説明されるだけで,被災者の多くは安心することができた。ところが,被災して半年,1年,1年半と経つのに,トラウマ反応が遷延化している被災者も少なくはない。そうなると,彼らにノーマライゼーションや自然治癒という説明は通用しない。これまで心のケアと言うと,語ることのカタルシス効果およびそれによる感情の整理もトラウマ緩和に効果的であるということから,傾聴が主体であった。しかし,最近では,被災体験を語ること自体に否定的感情を強化する役割のあることが明らかとなっている。トラウマ体験というものは日々,大なり小なり発生しているものであり,Freudが「快楽原則の彼岸」において記述した,母親不在時の幼児が行っていた「Fort-Da(いない―いた)」遊びのように,反復強迫的な再体験によりトラウマ克服が試みられる場合もある。津波に襲われた地域でみられる津波・地震ごっこなどのPost-traumatic Playもこれと同様の心理機序と考えられている。しかし,1年以上も経過しながら未だトラウマに圧倒されている者を生み出している東日本大震災の激甚さにおいて,このようなプロセスによ4.長期的段階的な支援技法の必要性被災後半年,1年以上も経過した段階における支援者の役割は,もはや具体的に何かを手助けすることではなく,被災者が明日への希望を持てるようになること,自己回復力を高めることである。傾聴だけではそのような未来志向的な態度が被災者の中で育つことは決してないのである。そうなると,ある意味一期一会的な関わりと言える介入の中で,肯定的な変化への期待を生む技法が必要となってくる。しかし,はっきり言って,アウトリーチ型の心理支援技法は試行的段階であり,われわれ心理臨床家は,アウトリーチ型の心理支援について十分な訓練を受ける機会を持てないでいる。したがって,心のケアとは言いながら,その支援技法は被災地に投入された支援者個人の経験に頼らざるを得ない状況にある。その結果,トラウマの強化をもたらす虞すらある傾聴がまさに無難な技法となっている。また,この種の支援技法を考える場合,通常の心理療法と根本的に異なる点を十分に考慮しなければならない。つまり,被災者のトラウマによる心の傷つきは,元来の弱性も指摘されているが,認知やパーソナリティの問題から対人関係上に障害を引き起こしている状況とは大きく異なっていることを前提として考えなければならない。したがって,対象者へのアプローチは問題に応じて選択されるべきであるが,実際は,惨事体験により自我が対処困難に陥っている人に対する