ブックタイトル明星大学 心理学年報 第32号

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明星大学 心理学年報 第32号

54明星大学心理学年報2014年第32号5.なにが流されたのか人々のアイデンティティーを考えてみよう。集めたおもちゃ。子どもの成長や自分と家族の人生の歩みを写した写真などの記録物。住んでいた土地や代々続く生活環境。価値は非常にプライベートなものであるが,それゆえに個人の精神的な支えであり基盤であった。震災がもたらしたものは,地域や人々の断絶だけでなく個人の歴史ともいうべき連続性の断絶であった。1年半経った今,被災者は「復興に向かう今」と「2011年3月11日」の2つの時間の中にいた。連続性の断絶は時間の断絶でもあった。「復興」は何を持って了とするのだろうか。6.被災しなかったが故の被災被災直後は仮設住宅に物資が溢れ,直接被災しないで援助に回った方々の家には翌日の食料もないというような状況が生まれた。直接被災しなかったがゆえに,周囲の目を気にして自分の畑の農作物の収穫さえできない。食べるものに困窮する中で仮設住宅用に配られたパンに手を付けられなかった時のもどかしさ。多くの方が残ってしまった罪悪感を抱えながら我慢する生活を続けており,被災者かどうかという区別に縛られ苦しんでいた。そこには可視的な被害のない方々の抱える大きな葛藤があった。7.これから田村ほか(2012)は次のパラドックスを指摘した。?田野畑村の良いところ」を書いてもらう機会があったが,その中に「みんな親戚,みんな友達」と書かれたものがあった。古くからこの村は,自助・共助の強い絆で形作られている。そこには災害後にわかに溢れかえった「絆」とは明確に違う何かがあるように感じられた。この凝集性の高さは力であり同時に弊害でもあった。このパラドックスはこれまで絶妙なバランスで維持されてきたが,この未曾有の大災害を前に大きく軋み崩れかけている。地域の分断によって関係性は変化し,より小さくしかし強固な同属のつながりが生み出された。強固すぎるつながりは,その他のものが入り込む間隙を許さない。支援者はこうした背景を前提に,いかにして支援の手を差し込むか,地域性に即した効果的な支援とは何かを考える必要がある。8.終わりに大災害は東日本をすべて飲み込んだ。理論は与えられた条件の下では常に正しいはずであった。私たちはどこの被災地を訪ねても戸惑うことなく対処できるはずであった。教科書のどこを紐解いてもとりあえず,「1本のバラ」配ってみましょうとは書いてない。私たちは今後も形を変えようとも「1本のバラ」にこだわっていくことになる。浜の集落の高台に取り残された老婦人が「1本のバラ」を差し出したとき,震災以来人が訪ねてきたのは初めてで,生まれて初めて「バラの花」ともらったのが嬉しかったと涙を流した。私たちは「1本のバラ」の魔力に助けられている。参考文献喜多祐荘・黒岩誠・廣池利邦・岩崎弥生・久保朋子(2012).ランチョンセミナー田野畑村におけるお手伝い,こころの健康,27(1).喜多祐荘(2012).岩手県田野畑村の村人の支え合う活動,こころの健康,27(1).黒岩誠(2013).田畑村の今ここで,こころの健康,28(1).田村友一・高下梓・平田茜(2012).田野畑のいまとこれから,こころの健康,27(2).中村有・木村淳子・黒岩誠(2012). ?いま,ここで」田野畑村が必要とする包括的支援,こころの健康,27(1).田野畑村(2011).東日本大震災田野畑村災害復興計画(復興基本計画).田野畑村(2012).東日本大震災田野畑村復興整備計画(第1回変更).田野畑村(2012).東日本大震災田野畑村記録書記憶を未来へ.田野畑村(2012).広報たのはた.