ブックタイトル明星大学 心理学年報 第32号

ページ
60/74

このページは 明星大学 心理学年報 第32号 の電子ブックに掲載されている60ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

明星大学 心理学年報 第32号

ブックを読む

Flash版でブックを開く

このブックはこの環境からは閲覧できません。

概要

明星大学 心理学年報 第32号

56明星大学心理学年報2014年第32号ず重要になります。123については福祉や医療関係者の役割が大きくなりますが,4に関しては臨床心理士が過渡的に支える役割が期待されてきます。現代における価値意識として,自立とか自助努力という言葉が重視されているだけに,他人に甘えたり,頼ったりしてはいけないという思いを抱いているひとが少なくありません。また,それとは別に今回の被災地の多くは,どちらかというと日本の伝統文化的な意識傾向を持つ人が少なくありません。その特徴の一つは自分の内面を吐き出すことに対して抑制的であるということです。私は電話相談に関わるだけでなく,現地の状況を把握するために数十回現地を訪れ,さまざまな人たちのお話を聴いてきました。そこで語られることの多くは「みんな同じ目に会っているのだから,自分だけが辛いわけではない」「愚痴は言いたくない」といった類の言葉でした。私たちがこれまでこうした際の「心のケア」対応マニュアルの多くは,アメリカ社会で開発されたものです。その基本は「つらいことは語ることで外に吐き出すことだ」というものです。そのために,同じ体験を有する人たちが語り合い,共感しあう方策として,デブリーフィングとか,デフュージングというものが行われてきました。しかし,今回の被災地ではそれは逆効果に思われることも少なくなかったのです。私は阪神・淡路大震災の支援にも関わりましたが,そこではその手法が一定の効果をあげていました。しかし,振り返ってみるとそれは神戸というどちらかというと近代化され,個人主義的な価値意識が浸透している,アメリカ的文化が存在していたことを考慮しなくてはならないでしょう。今回の被災地においても,唯一神戸との共通性を感じた地域は仙台市でした。市内だけであって宮城県全体ではありません。仙台市という東北の中心となる大都会に生活する人たちの意識や考え方は,やはり神戸や東京に共通するものがあると思われます。私が今回の活動を通してあらためて認識させられたのは,「心のケア」というのは,そこに生活している人たちが有している文化を考えながら対応しなくてはならないということです。マニュアル的なものを用いて一律に対応することは適切ではないということでした。それは臨床の原則とも重なることです。今回の災害の特殊性東日本大震災は地震と津波という自然災害と,原発事故という人為的災害とが複合したものです。日本という国は,大古の昔から地震・噴火・台風などの自然災害に見舞われることが多く,それだけに自然崇拝的な信仰も数多く生まれた社会でした。そして災害に見舞われたとしても,時間の経過とともに諦めや立ち直りも図りやすい意識がもたらされてきました。自然災害だけであるならば,ある程度の時間,周囲が支えることで立ち直りも期待されます。ただ,今回津波により多くの人命が失われた地域が多く,そこでは支えあう人間関係が切られてしまったところが少なくありません。心の傷を癒すためには震災前から存在していた人間関係が機能することが大事なのですが,今回はそれが果たせないまま,孤立状態に追い込まれた人が少なくないのです。それだけに「心のケア」をするシステムが重要なのです。もう一つの人為的災害は違った問題を私たちに突き付けています。原発周囲に住む人たちは,家に住むことも,仕事も奪われ,変える予定すらいまだにありません。この方たちの心は簡単に諦めるとか立ち直るというわけにはいきません。むしろ時間の経過ととともに拡大していくのは,恨みや憎しみといった感情です。こうした感情をどう乗り越えるかというのは臨床的に見てもそう簡単なことではありません。人為的災害の最たるものは,犯罪や事故によって生命を奪われた人でしょう。その遺族は,相手をけして許すことができない思いに生涯つきまとわれます。最近は被害者支援ということから「心のケア」がかなり行われるようになってきましたが,今回のような原発事故の被害者にどのような心のケアが求められているかは,今後の研究を待たなくてはなりません。今後,私たちの住む地域でもいかなる災害が襲いかかるかわかりません。そうした時に少しでも今回の体験が生かされることが望まれます。